サッカーコラム J3 Plus+ 
J1、J2、日本代表を幅広くカバーします。
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最新のエントリー(20記事)

  • 11/24 【栃木×熊本】 ロアッソ藤田俊哉 38歳
  • 11/23 【大分×川崎F】 またまた大事な試合で勝てず 
  • 11/23 【甲府×湘南】 夢のJ1に近づいた日 (生観戦記#13)
  • 11/22 【甲府×湘南】 夢のJ1が遠ざかった日 (生観戦記#13)
  • 11/22 【千葉×FC東京】 果たして江尻監督で大丈夫?
  • 11/21 【J1】 今シーズン、もっとも成長を遂げた選手は誰だと思いますか? (2009年版)
  • 11/20 【J2】 今シーズン、もっとも成長を遂げた選手は誰だと思いますか? (2009年版)
  • 11/19 【天皇杯:鹿島×神戸】 日本代表組不在のカップ戦
  • 11/19 【柏×清水】 奇跡の逆転残留を目指して・・・
  • 11/18 【香港×日本】 中村俊輔なのか?本田圭佑なのか?
  • 11/17 【札幌×富山】 ミスターコンサドーレ・曽田雄志の引退
  • 11/17 【湘南×東京V】 11年ぶりのJ1を目指して・・・
  • 11/16 【富山×水戸】 ホーリーホックのサッカーに感じたもの
  • 11/15 【天皇杯:新潟×明治】 大学1年生の三田啓貴
  • 11/15 【南アフリカ×日本】 このままではグループリーグ突破は厳しいと思う
  • 11/14 【J1/J2】 あなたはいくつのホームスタジアムを体験しましたか?
  • 11/14 【栃木×徳島】 伸び悩む柿谷曜一朗
  • 11/13 【福岡×甲府】 そしてベルマーレとの決戦へ・・・
  • 11/13 三浦知良と中山雅史 2人の生き様
  • 11/11 【草津×FC東京】 中村北斗の凱旋フリーキック弾


  • 2009年1月のオールエントリー

    1295  2009/01/06  J1順位予想バトル(2008年) 最終結果
    1296  2009/01/07  【J1】 平均シュート数ランキング ベスト100 (2008年版)
    1297  2009/01/08  【J2】 平均シュート数ランキング ベスト100 (2008年版)
    1299  2009/01/10  【G大阪Y×C大阪U-18】 逸材たちの競演
    1301  2009/01/12  【高校サッカー:鹿児島城西×前橋育英】 ストライカー大迫勇也
    1302  2009/01/11  【高校選手権】 あなたのヒーローは誰ですか?
    1303  2009/01/12  【J1/J2】 移籍市場 中間評価 (上)
    1304  2009/01/13  【J1/J2】 2009年 ブレークを期待する選手 7名
    1305  2009/01/14  【問】 あなたは守備的なポジションの選手をきちんと評価できますか?
    1306  2009/01/15  【J1/J2】 あなたの一番好きなクラブを教えてください。
    1307  2009/01/16  【J1/J2】 ベストゴール 1位-10位 (2008年版)
    1308  2009/01/17  2009年 移籍市場の風向きを読む。
    1309  2009/01/17  【J1/J2】 2009年 注目すべき選手 20人
    1310  2009/01/18  【J1/J2】 ベストゲーム選出 1位-20位 (2008年版)
    1312  2009/01/19  日本代表MF香川真司を論ずる。
    1313  2009/01/22  【J1/J2】 移籍市場 中間評価 (中)
    1314  2009/01/20  【日本×イエメン】 ボランチ青木剛の貢献度
    1315  2009/01/21  日本人最高級のストライカー 佐藤寿人
    1316  2009/01/23  藤田俊哉のロアッソ加入とJリーグの広がり
    1317  2009/01/24  J2全18チーム 補強度評価ランキング(1位〜18位まで)
    1318  2009/01/25  J1全18チーム 補強度評価ランキング(1位〜18位まで)
    1320  2009/01/26  サポーターとスタジアム(6つのショートストーリー)



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    ■ 引き裂かれたイレブン

    「引き裂かれたイレブン 〜オシムの涙〜」というDVDを見た。これは、2000年にオランダで制作されたドキュメント番組をDVD化したものである。





    かつて、ユーゴスラビアは、「7つの隣国、6つの共和国、5つの民族、4つの言語、3つの宗教、2つの文字により構成される1つの国」と評された。(※7つの隣国:イタリア、オーストリア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、ギリシア、アルバニア/ 6つの共和国:スロベニア、クロアチア、セルビア、モンテネグロ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア/ 5つの民族:スロベニア人、クロアチア人、セルビア人、マケドニア人、モンテネグロ人/ 4つの言語:スロベニア語、セルビア語、クロアチア語、マケドニア語/ 3つの宗教:カトリック、東方正教、イスラム教/ 2つの文字:ラテン文字、キリル文字)第一次世界大戦の引き金となった「サラエボ事件」の舞台でもあり、ヨーロッパの火薬庫と言われた地域である。


    ※ サラエボ事件

    1914年6月28日にオーストリア・ハンガリーの皇帝=国王の継承者フランツ・フェルディナント大公夫妻が当時オーストリア領であったサラエボ(現ボスニア・ヘルツェゴビナ領)を視察中、セルビア人の青年ガブリロ・プリンチプによって暗殺された事件。この事件をきっかけとして第一次世界大戦が勃発した。



    ■ ゴールデンエイジと光と影

    ストーリーは、旧ユーゴスラビア代表のプロシネツキ、サビチェビッチ、ボバン、ミヤトビッチ、ミハイロビッチの過去の回想が中心となる。

    1987年のワールドユースでユーゴスラビアは世界一に輝いた。プロサッカー選手として、プロシネツキはレアル・マドリードやFCバルセロナ、サビチェビッチとボバンはACミラン、ミヤトビッチはレアル・マドリード、ミハイロビッチはラツィオで一時代を築くことになる。この時代のユーゴは、巨大な才能が集まった宝庫だった。

    このメンバーに、妖精ストイコビッチを加えたチームは、イビチャ・オシム監督のもと、90年のイタリアワールドカップを戦う。

    「あれだけのメンバーをそろえながら、ベスト8止まりだった。」というのは、オシム批判で聞かれる声の1つだが、おそらく、少しでも世界史の知識がある人だったら、このような発言はできないだろう。

    VTR中に、90年のイタリアワールドカップ直前にザグレブ(現クロアチアの首都)で親善試合を行うユーゴスラビア代表の映像が流れたが、ユーゴ代表選手の1人が、「11人対2万人の戦いだ。」と自嘲気味に話した。ワールドカップの歴史を見ても、このときのユーゴスラビア代表チームほど、自国民からサポートされなかったチームはないだろう。

    インタービュー中に、ユーゴスラビア代表チームの最後の監督であるイビチャ・オシムは、

    「おこがましい言い方かもしれないが、あのときユーゴがW杯で優勝していたら、歴史が変わったかも・・・。ボスニアが統一国家であることを受け入れて、その後の悲惨な紛争を避けられたかもしれない。」

    と語っている。

    ピクシーの美しい2ゴールでスペインを下し、ベスト8進出を決めた夜、オシムの故郷サラエボでも「ユーゴスラビア!ユーゴスラビア!」と街頭で叫び回る若者の姿がVTRで映し出された。この夜が、事実上、ユーゴスラビアが連邦共和国として機能した最後の日となった。

    オシム監督は、準々決勝のアルゼンチン戦のPK戦を、ベンチで見ることはなかった。この行動に対しては、さまざまな解釈がなされたが、前述の発言を聞けば、その深い思いと苦悩を感じ取ることができる。


    ※ ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争

    ユーゴスラビア解体の動きの中で、ボスニア・ヘルツェゴビナは1992年に独立を宣言したが、独立時に約430万人の人口のうち、民族構成の33%を占めるセルビア人と、17%のクロアチア人・44%のボシュニャク人(ムスリム人)が対立し、セルビア人側が分離を目指して4月から3年半以上にわたり戦争となった。

    両者は全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、死者20万、難民・避難民200万が発生したほか、ボシュニャク人女性に対するレイプや強制出産などが行われ、第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪の紛争となった。




    民族のそして、故郷の運命を背負って戦ったユーゴスラビア代表チーム。サッカーは政治とは無関係でいてほしいと思うが、現実はそうもいかないのだ。

    もし、ユーゴスラビアが国家として崩壊しなかったならば、イタリアワールドカップやEURO92でユーゴスラビア代表は、どんなファンタジーを醸し出したのだろうか?そして、イビチャ・オシムと、ジェフ千葉と、日本代表の未来は、どうなっていたのだろうか?


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