【J1優勝】 ガンバ大阪の13年を振り返る。
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苦節13年。Jリーグ初年度からリーグに所属する「オリジナル10」のひとつだが、これまでひとつもタイトルがなかった。もっとも待たされた、最後のチームがつかんだ勝利は、最も印象に残るものとなった。
J1年目---
関西で唯一のプロサッカーチームとして、大きな期待を抱いてスタートした。FW・永島、MF磯貝、DF・賈秀全ら要所にスター選手をそろえて、上位進出が予想されたが、低迷。永島と、高卒ルーキーの松波の2トップは、魅力十分だったが、監督の采配にも問題あった。そんな中で、印象に残っている試合は、第2節のマリノス戦(三ツ沢)。敗れはしたものの、GKの本並がスーパーセーブを連発して、ボクはにわかガンバファンになりましたとさ。
J2年目---
エース・永島がエスパルスに電撃移籍するも、ソ連代表でワールドカップに2度出場している、超大物ストライカーのプロタソフが加入。プロタソフは、コンスタントにゴールを決めるも、期待の磯貝と松波が伸び悩み、またしてもチームは低迷。そんななか、サポーターの希望の星は山口敏弘。ファルカン監督に代表に抜擢され、ゴールもマークする。右サイドバックの近藤も、代表に選出されましたね。
J3年目---
オランダ人で、左ウイングのヒルハウスが加入して20ゴールをマーク。このころは、アレイニコフ、ツベイバ、プロタソフら、東欧出身の選手がチームの中核を担いましたが、いずれも選手としてのピークを過ぎていましたので、活躍期間は短かったと思います。
J4年目---
クロアチア人のムラデノビッチが加入。オールラウンドに活躍を見せてチームを引っ張るも、成績は上がらず。アトランタ五輪代表に選ばれた森岡は、時折右サイドからアイディア溢れるプレーを見せるも安定感はなく、チームでもポジションをつかめなかった。
J5年目---
浪速の黒豹・パトリック・エムボマが加入。圧倒的な身体能力と、抜群のシュート力でゴールを量産し、一躍人気者になった。そして、稲本潤一が高校生ながらJリーグデビュー。”金のたまごっち”という見出しの、デビュー前の記事が印象に残っています。
J6年目---
ワールドカップイヤーのこの年は、若手のスピードスター小島が17ゴールをマーク。稲本や宮本>ら、若手がチームの中で大きなウェートを占めるようになりました。この年のユースの大会では、大黒と二川のコンビが暴れまくり注目を集めました。
J7年目---
シドニー五輪予選で活躍した稲本潤一は、新しいスター選手として、メディアに大きく取り上げられるようになる。それに引っ張られるように、新井場や小島、宮本らが中心となって戦いを挑むも、成績は低迷。
J8年目---
ようやく、優勝争いに食い込むようになる。中心は日本代表でも主力となった稲本。早野監督のもと、2ndステージでは、あと一歩で優勝というところまで勝ち進むも、最後に失速。
J9年目---
前年の活躍もあり、優勝候補の一角となるも、チームは低迷。早野監督は辞任。稲本は、シーズン中にアーセナルに移籍し、チーム再構築を余儀なくされる。しかしながら、キーパーの都築が日本代表に選出されて、コンフェデのブラジル戦ではゴールを守った。
J10年目---
ワールドカップイヤー。バットマン宮本が、本大会で大ブレークを果たし、一躍Jの人気チームに上りつめる。大砲のマグロンにボールを集めるシンプルな戦術で上位に食い込むも、完全無欠のジュビロ磐田に優勝をさらわれる。しかしながら、敗れはしたものの、真夏のジュビロスタジアムで見せた、4−5の戦いは、Jリーグ史に残る好ゲームだった。
J11年目---
移籍2年目で日本代表にも選出された遠藤が、チームの要となって活躍。ベスト11に選ばれ、現在もチームを引っ張る。
J12年目---
ユース出身の大黒が20ゴールをあげる大活躍。シーズン後には、日本代表にも選出された。相棒の二川とともに、チームを引っ張り、攻撃力はJ1トップクラスという評価を受けるようになった。
J13年目---
めでたく優勝となりました。おめでとう。
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