カリスマ:山本浩アナの名フレーズを堪能する。
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■ サッカー界のカリスマ
いまでは実況をされることがほとんどなくなってしまって残念な感じもするが、それでも「サッカーの実況アナウンサー」というとNHKの山本浩アナを思い浮かべる人は多い。それもそのはずで、80年代から90年代にかけて、日本代表のビッグゲームの多くを山本アナが実況を務めてきた。
試合展開を的確にとらえた正確で流れを壊さない完璧な実況で、彼を「史上最高の実況アナウンサー」と評する人も多い。同じ試合でも、ラテ欄に「実況:山本浩」とあると得をした気分になるし、逆に「実況:角澤照治」とあると鬱な気分になるのは、必然である。
山本アナは、実況席において、数々の名言を残してきた。その中で、個人的に、最も印象に残っているのは、1998年のW杯の第3戦ジャマイカ戦のオープニングでの以下のフレーズである。
「振り返らずに歩く道です。スタンドの波打つ音が聞こえてきます...芝の匂いがしてきます...そこに広がるのは、私たちの20世紀を締めくくる戦場です。リヨン、ジェルラン競技場。日本はここで終るのではありません。自分たちの明日に、私たちの2002年につなぐ90分間にしなければなりません。ワールドカップ第3戦、日本対ジャマイカ。勝つために戦います」(1998年6月26日、W杯フランス大会日本代表の一次リーグ第三戦・対ジャマイカ戦)
→ アルゼンチンとクロアチアに0対1で敗れてすでにグループリーグ敗退が決定した日本代表チーム。しかしながら、4年後には自国開催のワールドカップを控えていた。4年後の「私たちの2002年」に向けて、再スタートの一戦として、これ以上無い叙情的な始まりの言葉である。
ほかにも、同大会の第1戦のアルゼンチン戦は、こんなオープニングで幕を開けている。
「声は届いています。はるか東の方から、何百万、何千万もの思いが、大きな塊になって聞こえてくるようです。遠かった道のりでした。本当に遠かった道のりでした。日本の、世界の舞台に初めて登場するその相手はアルゼンチン。世界が注目するカードです」(1998年6月14日、W杯フランス大会日本代表の一次リーグ第一戦・対アルゼンチン戦)
→ 短いフレーズにこれだけ丹念に思いを注ぎ込むことが出来るのは、天才的であるといえる。「原稿読み」と揶揄されることの多い某テレビ局のアナも見習ってもらいたいところである。
次のものは、オープニングのシーンでのフレーズではないが、全てのサッカーファンの心に残っている。
「このピッチの上、円陣を組んで、今、散っていった日本代表は、私たちにとって『彼ら』ではありません。これは、私たちそのものです」(1997年11月16日、W杯フランス大会アジア第三代表決定戦・日本対イラン)
→ 2対2のまま延長戦に入ったイランとの第三代表決定戦。最後の30分を戦う代表チームに送る言葉としては最高のもので、この瞬間、日本中が1つになった。
もちろん、Jリーグの舞台においても、数多くの名言を残している。中でも、特別な感情を抱くのは1993年の開幕戦のこの言葉だろう。
「声は大地からわき上がっています。新しい時代の到来を求める声です。総ての人を魅了する夢、Jリーグ。夢を紡ぐ男たちは揃いました。今、そこに、開幕の足音が聞こえます。1993年5月15日。ヴェルディ川崎対横浜マリノス。宿命の対決で幕は上がりました」 (1993年5月15日、Jリーグ開幕戦・ヴェルディ川崎対横浜マリノス)
→ 誰もが待ちわびた夢の舞台、Jリーグ。その異常なまでの盛り上がりを、「新しい時代の到来を求める声」と表現した。
ただ、いつも華やかな舞台だけを実況されたわけではなかった。Jリーグ史上、もっとも悲しい一日となったあの日、彼はこのような言葉を発している。
(オープニング)「いつもの空、いつもの風、そして、いつもの芝。しかし空気だけは今年は違います。第78回天皇杯決勝戦。全国に共感を巻き起こしながら今日を最後の横浜フリューゲルス。対する清水エスパルスは初めての決勝戦です」
(エンディング)「私達は忘れないでしょう。横浜フリューゲルスという、非常に強いチームがあったことを。東京国立競技場、空は今でもまだ、横浜フリューゲルスのブルーに染まっています」(1999年1月1日、天皇杯サッカー決勝・横浜フリューゲルス対清水エスパルス。横浜フリューゲルスは横浜マリノスとの合併のため、この日を最後にチーム消滅した。)
以下は羅列するだけであるが、どれも印象的である。
「東京千駄ヶ谷の国立競技場の曇り空の向こうに、メキシコの青い空が近づいてきているような気がします」(1985年10月26日、W杯メキシコ大会アジア最終予選・日本対韓国)
「マラドーナ…、マラドーナ、マラドーナ来たーっマラドーナーッ!」(1986年6月22日、W杯メキシコ大会準々決勝・アルゼンチン対イングランド)
「歴史が刻まれる瞬間を、心の準備をして間近に見る機会があるとしたならば、今日のその日がそれに当たります」 (1994年7月17日、W杯アメリカ大会決勝戦ブラジル対イタリア)
「優勝経験のあるイタリアか、それとも地元開催のフランスか。勝利の女神は非常に厳しい選択を迫られています」 (1998年7月3日、W杯フランス大会準々決勝・フランス対イタリア)
「自由なチャレンジャー、フランス。20世紀に君臨した、ブラジル。喜んで戦うフランス、どっしりと受けて立つブラジル。応援に包まれるフランス、経験が支えるブラジル… どんな言葉で語ってみても、この2つのチームはそれぞれの表現を裏付けるサッカーを、しっかりと持っています」(1998年7月12日、W杯フランス大会決勝・フランス対ブラジル)
「選手が手にしていた花。小さな花ですが、立派に咲かせた花でした」(1999年4月24日、ワールドユースナイジェリア大会決勝・日本対スペイン)
「あれから、4年の歳月が流れました。胸に宿るものが、今また、この瞬間に燃え上がろうとしています... 国立競技場に吹いているのは、西からの湿り気を含んだ風。遥かにフランスを想いながら、長い戦いのはじまりです。」 (ワールドカップ フランス大会 アジア地区最終予選 第1戦 ウズベキスタン戦)
「日本は引き分けという長いトンネルに入ったまま、走り続けています。しかし、このトンネルには必ず明るい出口があると信じて、戦わなければなりません。いつもの柔らかいサッカーで、激しく戦ってくれるはずです。」 (ワールドカップ フランス大会 アジア地区最終予選 第7戦 韓国戦)
「国立競技場は、いつになく穏やかな雰囲気です。韓国に勝って、自分達の手でフランスへの前向きな道を歩み始めた日本を、そのまま、青いサポーター達が体現してくれています。」 (ワールドカップ フランス大会 アジア地区最終予選 第8戦 カザフスタン戦)
「スコールに洗われたジョホールバルのピッチの上に、フランスへの扉を開ける一本の鍵が隠されています。ラルキンスタジアムのこの芝の上で、日本代表はその鍵を、必ず見つけてくれるはずです。」 (ワールドカップ フランス大会 アジア地区第3代表決定戦 イラン戦)
「空気は凛としています。日本平の冷気を吹き払うのは、オレンジの熱狂、ブルーの声援... 2万人を超える人々の心の叫びが渦を巻いています。優勝杯をめぐって、王国の王者を決める戦い。チャンピオンシップの第2戦です。」 (1999年 Jリーグチャンピオンシップ 第2戦 清水対磐田)
「この空気、この空はいつもの国立競技場です。地球は回り、時代は堰を切って2000年に流れ込みました。新しい年、新しい日付...サッカーにとってのこの日この時は、しかし、一日一日、一年一年の積み重ねによるものです。天皇杯の決勝は、1000年の桁を跨ぎながらも、1900年代に作り上げてきた財産で戦うものです。」 (2000年 第79回天皇杯全日本サッカー選手権大会 決勝戦 名古屋対広島)
「Jリーグの夏の海原の先陣を切るのは、横浜Fマリノスです。1人の航海士が、新たな船旅に乗り出そうとしています。その名は中村俊輔、目指すはイタリア。横浜Fマリノス対東京ヴェルディ、伝統の一戦は餞(はなむけ)の戦いでもあります。」 (レッジーナへの移籍が決定し、マリノスでの最後の試合に臨む俊輔のラストゲーム Jリーグ1stステージ 第9節 横浜FM対東京V)
これらのフレーズを改めて読み返して見ると、不思議とあの頃の感情が湧き上がってくる。そして、胸が熱くなる。
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